top
  先住民関連

Walkとは、もともとがネイティブアメリカンのデニス=バンクスが提唱した運動で、世界各地の先住民とのかかわりが深いものです。自然と調和して生きてきた先住民に学び、母なる大地に祈りをささげるのがWalkです。このコーナーでは、先住民関連の情報をお届けします。

■ 2月からアメリカで始まるPRISON WALK
■ 先住民国連のよびかけ署名用紙(準備中)
  ■ 12/16アイヌとトムたちの集い
■ 12/16の集い、新聞記事
 

PEACEWALK出発時にセレモニーをしてくださったアイヌの浦川さんが、自然に近い場所でアイヌの人たちが集まれる場所を、ということで山梨県笹子に建てた山小屋「ポロチセ」。
そこで、アイヌの人たちがトムはじめ、広島から合流したWALKERたちとの交流会を催しました。


12月16日 アイヌとの交流会レポート

12/16(土)ウォーク出発の時、火のセレモニーを行って下さったアイヌ民族の浦川さんからのお招きで、関東ウタリ協会の皆さんの集まりに参加し、火の神様への儀式(カムイノミ)に列席させてもらった。会場は、大月と笹子峠の間の山の中にある、浦川さん手造りの木造の大きな集会場の中。中央には大きな囲炉裏があり、囲むように全員が座り、そこに火を起こして火の神様に来ていただき、儀式は行われた。

火の神様はアイヌでは一番の神様だということ。広島までのウォークの成就を感謝し、今また「平和の火・こころ」を持って歩き始めている長崎へのウォークの無事を祈念させてもらった。参加ウォーカーは、広島から直接来たトム、スティーブ、ジョーンズ夫妻、アンドリュー、アキーニに、別動で来た野良屋一家など。儀式の後は宴会に突入。鮭料理がふんだんに振る舞われ、餅つきも行われた。アイヌの方々は、これを楽しみに定期的に集まっているようだ。手作りの民族弦楽器トンコリの演奏や伝統的な弓の舞、三味線、アイヌ語でのギター演奏などを披露して頂いたり、トムやスティーブやアキーニのギターと歌など、夜中まで歌や踊りで賑やかに親交を深め合った。

   左から、アキーニ、浦川さん、トム、アイヌの方

今回、アイヌの方々に大勢でお会いしに行ったのは、浦川さんへの返礼の意味もあったが、もうひとつ大切なミーティングを行う必要があったからだ。トムはハーバード大学の「カルチュアル・サバイバル」というプロジェクトから、大切な依頼を受けて来ていた。「カルチュアル・サバイバル」は、世界の先住民の文化を未来に向けて伝え残してゆくための先住民支援プロジェクトである。アイヌ文化もその対象になっており、アイヌ文化の学校をつくる(もちろん北海道に)ために支援する用意があり、そのためのアイヌ民族の受け入れ窓口をリサーチする目的を持っていた。アイヌの中から要望が出た話ではなく、何だか変な話ではあるが、グローバルな視野からアイヌ文化を人類の失われ行く大切な遺産として捉えているからだろうか。浦川さんはアイヌ民族初の国会議員であった萱野さんの関東での後援会長を務めていたこともあり、お姉さんが早速北海道のウタリ協会に打診して、近い内にアイヌ民族の代表団を結成して、アメリカに向かおうということになった。

ウォーク中、皆の間で常に話されてきたビジョンのひとつに、「世界先住民国連」をつくろう、というものがあった。これは1993年の国際先住民年の時に、世界中の先住民が集まり持たれたビジョンであり、ほとんどの各民族の代表者が賛同のサインをしている。トムはこの時の事務局メンバーで、このビジョンの実現を夢見ている。

我々ウォーカーもこのビジョンに賛同し、「先住民」という定義を、ゲイリー・スナイダーのいう「野生」という意味で大きく捉えている。すなわち、先住民性というものを、現代物質文明の自然をコントロールする生き方とは相反する、”自然に従う生き方”として捉えており、そのような生き方をしている(学んでいる)我々日本人を含む「先住民」同士が、手を携え協力し合ってゆかなくては、各々がかかえる問題は解決する見込みは無く、地球環境や文化の多様性が、圧倒的なグローバリゼイションの波に呑み込まれてしまうことを危惧している。

聞いた話では、20万人の会員を持つNGOは、国連で1議席持てるという。ならばこの動きの中で、我々「先住民」にも国連で1議席を! というのはどうだろうか。また、そのための第一歩として、国際先住民センターを広島につくるアイデアをスティーブは持っており、またそこをサバイバル・キャンプとして、様々な大地と生きる先住民の智恵を学べる森をつくろう、というアイデアも話されてきた。アイヌの皆さんにも先住民国連のアイデアは話され、賛同のサインを頂いた。21世紀の早い内での実現を、ぜひ夢見たいものである。